“ 岡田山ロッジで合気道の有段者稽古。
上級者対応の「序破急」の動きについて説明する。
一教の切り落としを三行程に分けて、円転・直線・円転と運動の質を切り替える。
たぶん以前も技が冴えて感じられるときは、そういうふうに動いていたのだろうが、術理の裏付けがあったわけではない。
序というのは破(運動の質の変化)が行われたあと、事後的にそれに先立つ行程として遡及的に把持された行程である。
リアルタイムで「今は『序』の動きをしているのだな」というような意識があるわけではない。
急も同断。
べつにそこから動きが速くなるわけではない。
「破のあと」の動きは緩慢であっても、受けの「期待の地平」に存在しないものであれば、「目に見えないほどに速い動き」として「説明」される。
だから、「急」の字があてられるのである。
問題はここでも時間意識である。
なぜ、「序」が「徐」と書かれなかったのか。
その理由を考えなければならない。
序と急が同じ質の運動であれば、遅速を考量することができる。
しかし、「序」というのは「ものごとが継起する順序」にかかわる語であり、「急」は「ものごとが動く時の速度」にかかわる語である。
順序と速度は度量衡が違う。
序と急は同一のものさしでは比較考量できない。
それは「一番」と「一秒」を比べるようなものである。
あえて古人が「徐・破・急」を退けて、「序・破・急」の語を用いたのは、「破」によって度量衡そのものが切り替えられる消息を伝えたかったからではないか。
そういうことが長く稽古しているうちにだんだんわかってくる。 ”

やっぱり忙しい週末 (内田樹の研究室)

“ 森下文化センターへ。ここに「田河水泡・のらくろ館」があるのだ。写真入り年譜、生原稿、キャラクター商品、書斎再現など、こじんまりしたスペースに展示されていた。なんといっても生原稿だ。引かれた線の美しいこと。樹木の根っこや、塀の際などに、デザイン的書き込みが施されている。 ”

深川いっぷく亭へ - okatakeの日記

“ 何かを得るためには何かを捨てないといけないし…。 ”

www.さとなお.com(さなメモ): 原稿はいつ書いているか

この『棹さし』という面は実に不思議な顔で、年からすると『小面』と『若女』の中間ぐらいな女性の面立ちでなんです。

しかし若い女性の面なのですが、装束はいつも色なしのものを使っているそうです。

ふつう『小面』や『若女』のときは色入りといって、若さの象徴として、赤地の入った装束をきるのですが、この『棹さし』は独特な風情を持っていて、ちょっと大人びたような感じもして、それで色なしになるのかもしれません。

『棹さし』というぐらいですから、棹を持つ役の専用面になっているようで、今回の「浮舟」のシテや「江口」で棹を持つツレの役などに使われるようです。(S・N師談)

能楽師・柴田稔 Blog : 銕仙会11月公演 「浮舟」と「昭君」

“ 三人が同時的・共同的に人形の操作に参加して、そこに三人の人形遣いの誰にも中枢的にはコントロールされていない、独立した「人形の身体」が生成するのである。
その「人形の身体」が「動きたい」と思った動線を三人が共同的に実現する。 ”

文楽ってすごい (内田樹の研究室)

“ 本離れ、なんて簡単に言うが、それは今までの書籍の流通システムの制度疲労で、本はじつは人の手に届きたがっているし、読まれたがっている。それを届かすシステムを作ることを業界人は疎かにした。「一箱古本市」がその有効な突破口になることは、これまでの成果を見て明らかだ。それを無償で始めて、全国に伝播するよう努力しつづけた南陀楼さんは、ほんとうに偉いと思う。今回の本はそうした積み重ねの「ご褒美」だと「あとがき」に書いているが、そのとおりだと思う。 ”

『一箱古本市の歩きかた』を全面支持 - okatakeの日記

《ある関係者に聞くと、震災後の銀座のゴミは品川の海へ投棄したといい、また戦災後、丸ビルを枡にして八杯分とかあったという、あのへんの塵芥は、それを使って三十間堀を埋めたという》

ウィキによれば《長い間煉瓦街の遺構は全く残っていないとされていたが、工事現場から煉瓦壁の一部が発掘されており、これも江戸東京博物館に展示されている》そうである。

daily-sumus : 銀座の詩情

“ 銀座通りの幅(十五間)を決めたのは西郷隆盛だそうだ。 ”

daily-sumus : 銀座の詩情

“ この「出る杭を打つ感じ」や「目立ったヒトを引きずり下ろす感じ」が最近本当にイヤ。規格外の人間を規格外と認めてもっと許そうよ。一芸に秀でているヒトの多少非常識な言動くらい大目に見ようよ。 ”

www.さとなお.com(さなメモ): 松井秀喜の言葉